通訳コラム

小松達也のコラム 連載第9回 2008.01.29

通訳日記 その1

通訳の仕事は一回、一回が新しい勉強です。それがこの仕事の素晴らしいところだと思います。言葉や通訳技術だけでなく、話し手、テーマ、関連する事柄などについていろんなことを学びます。この意味で、通訳の仕事は世界を見ることだ、ということもできます。最近では、現役の時と比べて(今でも現役のつもりですが)通訳の回数はぐっと少なくなりました。当時は次から次へと会議をこなしていましたので、個々の仕事について深く考えることはあまりありませんでした。今では、一つ一つの仕事がより大切で、それらからより多くのことを学ぶことができるように感じます。

通訳の仕事にはいろんなものがあります。ビジネス関係の社内会議から、懇談会、シンポジウム、本格的な国際会議などです。しかし、どんな会合でも必ず私たちの知らない新しいことが出てきます。その中の多くは私たちにとっても興味のあることで、それらから学ぶことは、通訳者としてのキャリアにとって財産になることだと思います。

そこで、最近私が担当した通訳の仕事のいくつかについて、そこで知り、感じたことについて日記の形で書き残してみたいと思います。いうまでもなく通訳者は、会議の場で直接見聞きしたことを外部に漏らすことはできません。"Confidentiality" は通訳者が守るべき大切なルールの一つです。したがって私がここで対象にするのは、記者会見のように公開を前提としている場での仕事、テーマや関連事項など一般知識に属する事柄、言葉や通訳技術などについてのことに限られます。通訳をした時のことだけでなく、通訳を教える経験や通訳の研究についてのことも含まれると思います。皆さんにとっても面白く、何らかの参考になれば幸いです。

アフガニスタン財務大臣記者会見 2007年11月21日 日本記者クラブ

内幸町にある日本記者クラブは、世界各国のリーダーを始め数多くのVIPが記者会見や講演を行い、その時々のニュースを作ってきた場所です。記者会見は私たち通訳者にとってもっともチャレンジングな仕事の一つです。正確であることは勿論、分かりやすく重要なポイントが捉えやすいような通訳でなければなりません。通訳者の仕事の質が問われる厳しい場だといっていいでしょう。

この日は、アフガニスタンの財務大臣 Anwar Ul-Haq Ahady 財務大臣の記者会見でした。アフガニスタンといえば、1979年のソ連軍の進攻以来戦乱の絶えることがなく、今日でもテロとの戦いの主戦場の一つとなっていることはご存じのとおりです。治安は非常に悪く、経済的にも世界で最も貧しい国の一つです。我が国との関係では、たまたまこの11月の初めにテロ特措法の期限切れによって、海上自衛隊によるインド洋での給油活動が停止されました。この問題の今後を巡ってマスコミにはかなりの関心があり、会場にはたくさんのジャーナリストが集まりました。

英語が母国語ではない国からのスピーカーの場合、いつも訛りが心配になります。アハディー大臣の場合も少し訛りはありましたが、聞き取りには問題なく、きれいな英語でした。アメリカの大学で政治学の博士号を取られ、大学で教えてもいられたのです。西欧的な洗練された知識人であるとともに、厳しい国作りの途上にある母国の政治指導者でもあるのです。このようなスピーカーのプロフィールは、通訳にも役立つヒントとなります。

会見前の打ち合わせで、最初の30分ほど大臣のお話、それから30分質疑応答、逐次通訳だから適当に区切って話していただくことが合意されました。ところが、司会者の紹介が終わると大臣は早口で話し始められ、なかなか止まりません。私のノートは3ページ近くになりました。これはいかんと思い、話が区切りに来たところで軽く手を上げ、"excuse me" といって大臣の話を止め通訳を始めました。こういうことはよくあります。そんな時は、スピーカーに何らかの合図をして話が長くなりすぎないようにコントロールするのは通訳者の責任です。この会見では、3、4回目くらいから大臣との呼吸が合い始めました。

大臣は話したいことがたくさんおありの様でした。アフガニスタンの国作りの努力、日本を含む各国との協力の重要性などについて熱意を込めて話されました。そしてテロとの戦いでの日本の協力の継続が特に大切であることを強調されました。過去5、6年、アフガニスタンでは、治安、経済、教育などの面で大きな進歩があったが、まだ3つのチャレンジがある―それは 反乱行為(insurgency)、腐敗、麻薬だと続きます。特に反乱行為については、よく知られたタリバンとの厳しい戦いがあります。質疑応答の時にも、反乱行為が最近むしろ増えているのはなぜか、という質問がありました。治安回復の見通しはついていません。アフガニスタンのGDPの3分の1は麻薬関連から来ています。国民の生活の大きな部分が麻薬原料であるケシの栽培に依存しているのです。大臣は麻薬との戦いは、ケシ栽培の禁止というより、農民にケシ栽培の少なくても半分の収入を保証する代替作物の提供が必要だ、と述べられました。問題の深刻さがよく分かります。

テロとの戦いを左右する戦略的にも重要なこの国で、このような厳しい国作りの努力が行われているのです。そして日本は主要援助供与国の一つとして、アフガニスタンの再建のために14億ドルを提供しています。14億ドルは小さな額ではありません。しかし、その国の当事者から事情を直接聞いたあとでは、世界でもっとも豊かな国の一つである日本として当然行うべき国際貢献ではないか、と思いました。アハティー大臣は、クラブのゲストブックに記帳を求められ、"Afghanistan is fortunate to have Japan as a friend." と書かれました。

記者会見は1時間の予定が10分ほど延びて終わりました。記者会見は普通このくらいの長さです。短い時間ですが、間違えまいと一生懸命聞き、記者の人たちに分かりやすく伝えようと集中するので意外に疲れます。この日も幸いうまくいったようなので、それは心地よい疲れでした。そして、一仕事終わったという安堵感とともに、いい勉強をさせてもらったという喜びが残りました。

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小松 達也

日本における同時通訳の草分けとして先進国首脳会議、日米経済交渉、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。著書に「通訳の英語 日本語」「訳せそうで訳せない日本語」「英語で日本を話そう」等。

役立つ英語の引用句シリーズ

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