通訳コラム

通訳と声 連載第5回 2007.05.29

呼吸を訳す

数年前にこんな話を聞いたことがあります。

エネルギッシュな話ぶりで有名な辣腕経営者A氏の逐次通訳のお仕事。アサインされた通訳者はいつもどおり完璧に仕事をこなしました。が、終了後、クレームが。理由は、「イベントの最後にA氏のスピーチを持ってきて、強いブランドイメージを演出するはずだったのに、通訳者がトーンダウンした話し方で通訳するたびに場が盛り下がってしまい、思ったようなエンディングにならなかった」。通訳者はタレントじゃないんだし、そんなことまで要求されてもなあ…とこれにはエージェントも参ってしまったそうです。

すぐれた映画の吹き替えでは、声のトーンや話し方まで似ていますね。言語が違うだけで、あたかもオリジナルが乗り移ってしまったかのようです。たとえば、映画「大逆転」「ショウタイム」などでエディー・マーフィの声を吹き替えている下條アトムさんのパフォーマンスは、「映画は原語で見ないと面白くない」と思っている方も反論できないほど、見事に特徴をとらえています。何が似ているのか、その要因を分析してみると…

1.呼吸
5.語気
3.テンポ感
4.語尾の処理
5.声(声質、高さなど)

などが考えられます。
エディー・マーフィの話し方の特徴は、何と言っても、一息でバーッとまくしたてまわりを圧倒するマシンガントークです。早口の上に語気も強いので、真似するには滑舌がよく、息を強く長く吐ける技術が求められます。下條さんはその上声も良く似ていらっしゃるので、まさにはまり役なのでしょう。

前述の話に戻りますが、この場合、通訳者はどうすれば良かったのでしょうか?
声優のように真似する必要はないと思いますが、浮いた存在にならないように、その場の雰囲気やエネルギーに同調することが暗に求められていたのではないでしょうか?

上記1、2を実践してみてください。まずスピーカーの呼吸のパターンを一度じっくり観察して、同じタイミングで息を吸い、そして吐いてみましょう。早口でしょうか。ゆったりと話す方でしょうか。話全体を通して、スピーカーがオーディエンスに伝えたいイメージは何なのでしょうか。そもそも、話をする理由はなんでしょうか?

これらの作業を行うことで、不思議なことに息があってきて、スピーカーの信頼も増すことでしょう。そして何より、美しいアンサンブルのように息のあったパフォーマンスは、聞くものに心地よさと共感を残すことと思います。

アサインされたお仕事を毎日きちんとこなすだけでも大変だと思いますが、「行間を訳す」ようにスピーカーと呼吸をあわせて、言外に意図していることまで伝えてみることを考えてみてはいかがでしょうか?

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轟 美穂 さん

ラジオ局アナウンサー、TVレポーターを経て、ナレーター、司会者として活躍。プロの通訳者のための日本語パフォーマンス向上講座、放送通訳講座などの講師や、仕事で声を使う人のコンサルティングも務める。2004年より京都在住。ヴォイスコネクション主催。