通訳コラム

通訳者へのキャリア 連載第1回 2006.05.12

看護師→会議通訳者

私は現在通訳者として15年目になりますが、実は大学では看護学を専攻し、卒業後すぐに看護師として働いた経験があります。看護師が何故通訳者になったのか、と思うかもしれません。恥を忍んで告白いたしますと、私は初めから通訳者を目指していたわけではなく、いわば偶然が重なってのことでした。

大学病院に勤めていた私は、一時も気の抜けない緊張感と三交代制の勤務で疲弊し、その病院を辞めました。その時、転職先を探す間に、英語の勉強をやりたいと漠然と思ったのです。私は小学生の頃に英国で暮らしていたため、多少の英会話はできたものの、大学で英語を熱心に勉強することもなく、帰国してからはずっと英語を使わない生活をしていました。ただし、大学時代に翻訳を頼まれたり、病院勤務の頃に時々外国人の患者さんやご家族の通訳をすることがありましたので、通訳や翻訳の技術を学んでみたいという気持ちはいつも漠然と持っていたのです。

そこでいい機会だと思い、一週間ほどの通訳集中講座に参加してみました。軽い気持ちで参加していた私に比べ、他の参加者はとても熱心で、しかも英語力がはるかに高いのでショックを受けました。同時に、現役の会議通訳者である講師の先生の、通訳のプロとして真剣に取組む姿勢や仕事ぶりが、とても立派で格好良く見えて、感動したのです。

そこで気を引き締めて、少しでも上手くなろうと、英語の特訓を開始しました。子供の頃のままの稚拙な英語を、いきなり「格調高い」ものにはできないまでも、せめて「大人の英語」のレベルにしなければと思い、まず語彙を増やすところから始めました。辞書を引きながらいろいろなものを読んだり、聞いたり。語学には近道はなく、コツコツ積み上げるしかないことを、その時初めて経験しました。また、通訳学校の定期的なコースにも通い始めて、通訳技術を学びました。

その内、展示会などの簡単な商談通訳や、工場見学の随行通訳のアルバイトをさせてもらうようになりました。今から思うと赤面するような拙い通訳でしたが、お客さまは喜んでくださり、ますます通訳が楽しくなっていきました。そうしている内に看護師に戻ることはすっかり忘れてしまい、そのまま通訳の世界にどっぷり浸かってしまったのです。

その後は、無我夢中でひたすら通訳の仕事を続けてきたわけですが、一方、大学で学んだことを、看護や医学系の会議の通訳で生かす機会にも恵まれました。看護師を続けなかったことを後ろめたく、また惜しく感じることもありますが、どういう形であれ、そういう分野に関われることを嬉しく思っています。

それにしても何故通訳という仕事を続けてきたのか、と改めて考えてみますと、いろいろな理由があるものの、一つとても大事にしていることがあります。通訳は、人の持つメッセージを別の人に伝える橋渡しをします。そのメッセージが、表面の言葉のレベルではなく、もっと本質的なその人のメッセージが相手に伝わった、相手とつながった、と人が思えた時、そこには一種の感動が生まれます。人とつながるということは、嬉しいことですし、生きる活力になると思うのです。そんな瞬間を共有できることが、私が通訳をする原動力になっている気がします。本当にやりがいのある仕事だと思っています。

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木場 啓美 さん

千葉大学看護学部卒。大学病院勤務の後、通訳者養成学校へ。通訳者養成コースを修了後、1990年よりプロ通訳者として医学、薬学、環境をはじめ、様々な分野で活躍中。