通訳コラム

通訳者へのキャリア 連載第9回 2016.09.08

外資系企業管理職→会議通訳者

通訳者という仕事は、毎日が新たな出会いと発見の連続で、とても刺激的で魅力あふれる世界である。自分のような還暦前のおじさんにとって、新しい知識をどんどん増やせるということは、まるで30年前、新入社員だった頃に戻ったようでこの上ない幸せだ。「今日はどういうお客様とお会いするのだろうか」「明日担当する商品は、どのようなセールスポイントがあるのだろうか」といった、日々視界が開けていくような、あの若い頃のわくわくする感覚を、まさか50歳過ぎてから味わえるなんて思ってもみなかった。ほんの4年前は、自分が今日フリーランス通訳者になっているなんて全く想像すらしていなかったのだ。

それは突然の転機だった。サラリーマン生活が30年近くなったある日、いきなり人事部に呼ばれ満面の笑みを浮かべた担当者から「あなたの職務は抹消されます。」と、一方的なリストラ通告を受けた。頭の中が真っ白になり、どのようにその場を後にしたのかさえ記憶にない。

それから半年間、気を取り直して再就職を試みたが、現実は厳しかった。中高年がヘッドハントされて転職できるのは一握りの幸運な人だけで、コツコツと中間管理職をしてきた凡人は、職務経験は一切無視され「ただのシニア人材」または「リストラされた人」として一括りにされるのである。

くじけそうになったその時、通訳学校との運命の出会いがあった。会社勤めをしていた時は毎日英語で電話をし、プレゼンテーションをし、交渉し、時には怒鳴り合いもしていた。外国人の上司と日本人の取引先の間に入って通訳しながら議論を進めたことも多々あった。きっとこの経験は活かせると確信し、勉強に励んだ。

晴れて通訳者となった今、自分の確信はやはり正しかったと実感する。例えば企業での会議の場合、出席者が座る位置だけで微妙な力関係が見て取れる。話者が誰に向けて話しているのか、長年の癖で先ずは観察する。会議の目的が明示されていても、実際は本音と建て前があったりする。会合の本当の狙いや、若手社員と中高年社員の間の距離感などは、経験者でなければ予想できない部分もある。また同じ会議でも営業部員と財務部員、マーケティング部員それぞれが求めているものが異なるので、それぞれの相手にわかりやすく通訳するよう心掛けている。クライアントによっては私と同年代の責任者が、親近感を覚えて何度も指名してくれたこともあるし、痒いところに手が届くようだったとお誉めの言葉などいただくと、この仕事を選んでよかったと思う。

無論まだ駆け出しの通訳者なので、課題も失敗も山積みだ。逐次通訳のメモがうまく取れないとか、同時通訳中に言葉が出てこないとか、例を挙げればきりがない。しかし、失敗を重ねて前に進むということは少しずつスキルを強化し、自身の能力が向上することだと思うと力が湧いてくる。また通訳学校の同期や恩師、そして通訳者の先輩など応援してくれる人たちが多くいることは非常に心強い。企業人であれば、中高年以降のキャリアアップはおおむね責任範囲の拡大や背負わされる金額の増大を意味し、自分自身のスキルアップとは無縁であることが多い。それに比べ通訳者は、年齢に関係なく着実に自分の能力の強化をはかることができ、進歩を実感することのできる稀有な職業である。

30年間のサラリーマン経験全てを活かせるうえ、更なる成長もでき、視野も広げられる。リストラも定年もない。毎日通訳をしていると脳トレにもなる。セカンドキャリアとして、これほど理想的な仕事はない。これから通訳者を志す同年代の皆さんにもエールを送りたいと心から思う。

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有田 勇一郎 さん

米ジョージタウン大学卒。OA機器メーカー、米系エンターテイメント会社で商品企画、マーケティング、法人営業、音声吹き替えなど歴任し51歳で2014年6月に退職。2016年8月会議通訳科修了。現在はフリーランス通訳者、サイマル・アカデミー通訳準備科講師、通訳案内士。