英語通訳のコツ

語彙編 - この日本語を英語にすると? 連載第1回 2009.03.13

私たち通訳者は何か面白い日本語の表現に出くわすと、「これは英語で何と言ったらいいのだろう?」とつい考えてしまいます。こんなことをいつも考えているとノイローゼになりそうですが、これも通訳者の性ではないかと思います。日本語には英語にしにくい慣用表現がたくさんありますから、こうして日ごろからそれらに対応する英語の表現を蓄えておけば、日本語から英語への通訳に役に立ちます。

この連載では、その時々に気がついた面白そうな日本語の表現を取り上げ、その英語訳を考えてみたいと思います。ひとつの言い方にはそれに対応するいろいろな訳があり得ます。そしてそれらはお互いに微妙に意味が違います。そういったいろんな英語の表現を身につけることで、私たちの英語力をふくらませることができればと考えています。

「ろれつが回らない」「もうろうとした」

「ろれつが回らない」

  • to slur
  • to pronounce indistinctly
  • to mumble
  • to garble
  • to muddle
  • not to speak clearly
  • to be incoherent
  • to be thick-tongued

「もうろうとした」

  • to appear (to be) drunk / inebriated / intoxicated
  • to be tipsy
  • to be woozy
  • to be half asleep
  • to nod off

第1回は、中川前財務・金融担当大臣の辞任のきっかけになった、2月14日ローマでのG-7財務相・中央銀行総裁会議後の記者会見についての報道を取り上げてみたいと思います。
前大臣にはお気の毒ですが、私たち見る側からは何度見ても飽きないまことに面白い光景でした。それだけにマスメディアには大きく取り上げられました。そこで使われた日本語の表現を見ていると、もっとも特徴的だったのが「ろれつが回らない」「もうろうとした」の二つです。ともに記者会見での中川氏の状態を描写した表現で、その背後には彼が酒を飲んでいたのでは、という推測があります。

「ろれつが回らない」は英語ではどう表現したらいいでしょうか。ろれつは漢字では「呂律」と書きます。広辞苑には「ものを言うときの調子」とあり、話す際の音声的な状況を指しています。和英辞典には “articulation” と出ていますが、これは必ずしも正しくありません。“articulate” は動詞でも形容詞でも、言葉の音声的な面よりは意味上のあるいは論理的な明瞭さを普通指します。「ろれつが回らない」は音声面の不明瞭さを指していると思われるので、“articulate”、 “articulation” は使えません。

それでは英語のメディアはどういう表現を使っていたでしょうか。いちばん多かったのは “to slur” です(“(he) slurred his words” “(he) slurred his speech”)。TIME誌は “Nakagawa slurred out halting answers to questions” と書いていました。“to slur” は辞書には “to pronounce indistinctly” とあり同意語には “to mumble” “to garble” “to stutter” などがあります。“(he) gave muddled answers” というのもありました。

日本語が「ろれつが回らない」だから「ろれつ」は英語では何だろうと考えるのではなく、「ろれつが回らない」というまとまりで捉えてそれに対応する英語表現を考えると、何か出てくるものです。“he couldn’t speak clearly” でもいいでしょう。意味としては “incoherent”“he was incoherent in his speech”)もあっています。“thick-tongued” という言い方もあるようです。

「もうろうとした」はどうでしょうか。“drunk” が多かったようです。“(he) appeared to be drunk” “what appeared to be drunken behavior”“appear to be” をつけています。TIME誌は “what appeared to be an inebriated state” といっています。“to be inebriated”“to be drunk” と同様「酔っ払っている」状態で、ほかに “to be intoxicated”、俗語的な言い方としては “tanked” “tipsy” “woozy” などがあります。テレビのニュースで “hammered” を使っているのも聞きました(“I can see when he was hammered.”)。

「もうろうとする」は酔っ払っているときだけではなく、一般に “foggy” あるいは “fuzzy” な状態をさすわけですが、報道でもやはり “drunk” な印象が強かったようです。“A drunken appearance at a G-7 press conference” という見出しもありました。必ずしも「酩酊」ではない表現としては、 “(he) appeared half asleep” “(he) appeared to nod off” もありました。“half asleep” というのは中立的でいいかも分かりません。

いずれにしても “shaming Japan on the world stage” といわれても致し方のないお粗末な一幕でした。

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小松 達也 理事長

小松 達也

日本における同時通訳の草分けとして先進国首脳会議、日米経済交渉、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。著書に「通訳の英語 日本語」「訳せそうで訳せない日本語」「英語で日本を話そう」等。