通訳コラム

通訳の現場から 連載第8回 2007.01.12

社内通訳の世界

現在、日本コカ・コーラ株式会社の社内通訳者として渋谷の本社に週5日勤務しています。残業や出張、休日出勤もあり、通訳技術もさることながら体力と気力も必要とされる職場です。通訳者としてまだ駆け出しの私にとっては、格好の「修行の場」であると感じています。朝から晩までびっしり詰まったスケジュールを日々こなしていくわけですが、日常業務におけるミーティングから社長のスピーチ、市場視察、対外的な会議やイベントまで、あらゆる場面で仕事があります。分野としては、経営・事業企画、マーケティング、広告制作、研究開発、広報、IR、経理、懇親会、接待等、いわゆる企業活動のすべてに携わり、それぞれの場面に応じてTPOを考えながら様々な形で訳し分けています。

かっちりとした会議通訳スタイルに比べ、社内通訳では15分毎に交代する余裕はありません。というのも、すべての会議に2、3人の通訳者がつくわけに行きませんから、1人で3時間の打合せをすべて訳すこともありますし、幹部の方の出張に一人だけ同行することもあります。また、ブレイン・ストーミングを行なうような会議においては5、6人が一度に話をされることもあります。社員の方がワイワイと議論をしている事こそ、活発な意見交換がなされている良い会議であるとも言えますから、こちらも必死でポンポンとリズミカルに意見の要点を訳出していきます。調子が良い時は、確かに全員の意見が聖徳太子のように聞こえてくることもありますが、口は一つしかありません(笑)。ですので、会議の流れを考慮しながら、主たるスピーカーは彼だな、あそこは内輪の話をしているな、と状況を瞬時に判断しながら通訳をします。確かに大変ですが、このような日常の会議の中から将来のアイディアが生まれ、重要な意思決定が下されていると思うと、大変やりがいがあります。

社内通訳者はずっと同じ会社にいて、日々同じようなことを訳していて変化がないと思われる方もいるかもしれませんが、そんなことはありません。会社は日々進化しています。経営方針も変われば業績も変わる、人も変わる・・・。私自身も、会社の進化を実感しながら日々通訳をしています。新しい話がどんどん展開していく様子が本当に興味深いです。当然のことながら、会社の事情はよく見えてきます。あらゆる部署の様々なやりとりを訳すわけですから、一つの部署にいては見えない会社全体の動きが大変よく見えるのです。この背景知識が手伝って、たとえ事前に配布資料を読む時間がとれなかったとしても、高いパフォーマンスを発揮できる。これが社内通訳者であることの強みであり、反面、「君ならできるよね?」と期待されている点でもあります。

つまり、社内通訳者として有利な点は、ある日学んだことが、必ず次の場面で役に立ってくるというところです。蓄積した知識はすべて次のパフォーマンスに効いてきます。そして、習熟カーブが右肩上がりに伸びるにつれ、たとえスピーカーの発言が略語まじりであろうと、ブツ切りの発言であろうと、言いたいことが手に取るように分かるようになります。突然知らない言葉が出てきて、頭が真っ白になるようなことも少なくなってきますので、落ち着いてパフォーマンスの向上を図ることができます。これが企業にとって社内通訳者を常駐させておくメリットでもあり、社内通訳者にとっては、一種の付加価値として要求されるところでしょう。

後編 「キャリアの選択」へ続く

通訳情報ステーションページの先頭へ戻る
橋本 美穂 さん

1997年慶應義塾大学総合政策学部卒業後、キヤノン株式会社に入社。正社員として事業企画の実務を担当する一方、兼任で企業内通訳を行なう。通訳者養成学校を修了後、2006年より日本コカ・コーラ株式会社に所属、企業内通訳者として活躍する他、フリーランスの実務翻訳者としてビジネス資料、書籍の翻訳を行なう。訳書に「お金持ちになる人の心の法則」(ディスカヴァー21)がある。